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2025.12.09

【施設】サンメンバーズ鹿児島

邇邇芸と行く天孫降臨の旅 国譲り

はい、皆さんこんにちは、こんばんは、クラベールです。既にお気づきかと思いますが、今回の「邇邇芸といく天孫降臨の旅」ですが、無茶苦茶長いです。

今回の旅のガイドである邇邇芸君がまだ登場していない事にお気付きの方もいらっしゃるかと思いますが、そのためにこれ以上読むのは辛いという方は遠慮なく脱落していただいて、来年から再びクラベールブログをよろしくお願い致します。
(引用元みやざき観光ナビ)
では、本日はアマテラス(姉)とスサノオ(弟)の戦いとなるのですが、おそらく、多分、知らんけど、クラベールの解釈ですと、昔九州地方にいた天皇家と中国地方にいた豪族が戦った。このストーリーを神話の世界で描いたのがこのお話なのではないか?と勝手に解釈しているのですが戦いと言ってもこのお話の中では話合いみたいな感じです。

それではその舞台である槵觸(くしふる)神社へと向かいましょう。
つまりねーちゃんファミリー(アマテラス)が日本を治めた方が、後々の日本の事を考えたらそっちの方が良くないだろうか説を弟ファミリー(スサノオ)に延々と説くのです。

子供の頃におもちゃを兄に取られたのを思い出したのである。

やっぱり日本国が欲しくなったアマテラス(姉)は幾度も使者を遣わし、そこどけや。と言ったそうですが、昨今の暴力団でもそんな乱暴な話はしなそうですが、そういう感じです。

よくよく考えたら天界はアマテラス、地上界はスサノオとこの二人の親父(伊弉諾)が決めたことなのにあの親父はどこ行ったのだろうか。

そこで、話し合いではなかなか結論が出ないので(だいぶ省略しました)アマテラス(姉側)は力自慢のタケミカヅチを差し向け、武力で解決しようと考えたという事になりますが、そこで迎え討つスサノオ(弟側)はこちらも力自慢の孫のタケミナカタで勝負を決めようという事になったのです。

最終最後話し合いでお互い譲れない時は武力解決というのは2000年経過した令和の時代でも同じことを繰り返しているので、なんとも残念な限りであります。

つまり

ひが〜し〜 タケミカヅチ〜 タケミカヅチ〜

に〜〜し〜 タケミナカタ〜 タケミナカタ〜
このアマテラス(姉側)のタケミカヅチとスサノオ(弟側)のタケミナカタの力自慢が相撲の起源だそうですが(諸説あり)そのためにこちらの槵觸(くしふる)神社の境内には今でもその時使われた土俵かどうかは定かではありませんが、土俵のあるおもしろ神社なのです。

そういう事で槵觸(くしふる)神社にその土俵を見にきたのですが、こちらの神社の御祭神はタケミカヅチとタケミナカタ。もう我々の神様はたくさんいるので、誰が誰なのか編集しながらもよくわからなくなってきますが、力自慢の2柱の神様が相撲で勝敗を決めたみたいな感じです。
結果、アマテラス(姉側)のタケミカヅチがスサノオ(弟側)のタケミナカタを破り、最終最後長野県まで追い詰めたと言われています。宮崎から長野までってシツコすぎるやろ。

エクシブ蓼科から行くことができる諏訪大社を訪れた事がある方も多いかと思いますが、諏訪大社の神様はこのスサノオ側の力自慢のタケミナカタ(敗者の神様)を祀っている神社となります。エクシブ蓼科に行かれた際は一度訪れても良いかもしれません。

一方ですが、アマテラス(勝者の神様)タケノミカヅチは茨城県の鹿島神宮に祀られています。どちらも多くの方に馴染みのある神社かと思いますが、次回ご参拝される時はタケミカヅチが御祭神かーなどと思い出してご参拝されると良いのではないでしょうか。
こうしてスサノオ(弟)はアマテラス(姉)に国を譲る事になるのですが、その代わりこの出雲にスサノオファミリーが住む神殿だけ造ってくれと頼み タケミカヅチはその願いを聞き、スサノオ(弟)ファミリーのために大きな神殿を造ってあげ、これが現在の出雲大社という事になります。

少しの知識で、見ているものと見えているものが変わります。鹿島神宮や諏訪大社に行かれる際はこの神様が負けていたら、伊勢参りならぬ出雲参りをしていたのかもしれない。なんて考えると面白いかもしれません。

槵觸(くしふる)神社の詳細はこちら

※クラベールブログでご紹介させていただいてる古事記の物語は複雑になりすぎないようにお話を多少編集させていただいてたり、省略させていただいております。ご了承ください。

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