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2021.02.09

【施設】エクシブ湯河原離宮

湯河原離宮の明と暗

医者は探りを入れた後で、手術台の上から津田を降ろした。

漱石はリューマチの治療のために湯河原の天野屋に宿泊したそうです。大正5年1月からは20日間ほど滞在し、冒頭の小説の構想を練ったという事になっているそうですが今から遡る事約100年ほど前の話になります。大正5年5月末より朝日新聞にて連載が始まりますが、同年12月の第188回を最後に漱石の最後の未完の作品としてご存知の方も多いのではないでしょうか。

先日エクシブ有馬離宮とエクシブ箱根離宮の2つのエクシブ離宮に関するブログを公開させていただきましたが、どうせなら連載シリーズにしてしまえという乱暴なアイディアで本日のブログの筆を執るのですが、いったい今日のブログはなんのこっちゃという方が大半かと思いますので、少し説明をしたいと思います。

冒頭の1行は夏目漱石の最後の作品、明暗の最初の書き出しになります。この明暗は神奈川県湯河原町の天野屋旅館で執筆し始めたと言われていますが、現在その跡地にはエクシブ湯河原離宮が開業しています。こちらの天野屋は明治9年創業という事で国の登録有形文化財に登録されていましたが現在は解体されています。この明暗の中にはいくつかの天野屋旅館や湯河原に関する描写が書かれているので少しご紹介したいと思います。

彼は漫然と万年筆を手にしたまま、不動の滝だの、ルナ公園だのと、山里に似合わない変な題を付けた地方的な景色をぼんやり眺めた。

彼の室の前にある庭は案外にも山里らしくなかった。不規則な池を人工的に拵えて、その周囲に稚い松だのツツジだのを普通の約束通りに配置した景色は平凡というより、卑俗であった。

夏目漱石に比べればクラベールの言いたい放題など可愛い物だと思うのです。(笑)

天野屋旅館は各地の銘木が取り入れられ、銘木旅館として知られていましたが、現在その形跡は朱色の橋だけとなります。そんな橋、エクシブ湯河原離宮にあったっけ?となりますが、その橋は人の目から触れられる事なくひっそりと現存しています。エクシブ湯河原離宮2号棟湯河原町立美術館方向のお部屋に宿泊されると下を覗くと朱色の橋がご覧いただけると思います。少しの時間、令和、平成、昭和、大正と時を戻す時間に割いて見たらどうでしょうか。

彼の室の前にある庭は100年後の今もまったく山里らしくありませんが、貴方が見た夕焼けは今も昔も同じでしょうか。
リューマチ治療に訪れた漱石は、主人公津田と自分をだぶらせ忘れられない女性に会いに行ったのだろうか。その後、津田と清子はどうなったのだろうか。そんな事を考えながら、たまには電車とバスに揺られてエクシブ湯河原離宮に行くのも良いかもしれません。湯河原駅から川沿いを歩き、漱石もこの景観を眺めたのだろうか。旅は目的地まで急いではいけないのかもしれません。電車やバスを乗り継いで歩いて行く事により今まで数度みた景色もいつもとは違う顔を覗かせるのでしょう。

清子はこう云って微笑した。津田はその微笑の意味を一人で説明しようと試みながら自分の部屋に帰った。

明暗の最後の一行です。津田と清子が湯河原天野屋で再開したところで漱石の他界により連載は終了してしまいますが、その後二人はどのような運命を辿ったのでしょうか。この小説を読むとなんだか少し寂しくも見える湯河原の温泉街もなんだか情緒を感じさせる温泉街に見えてくるのです。

今回の湯河原離宮の明と暗と過去の2つのブログ、エクシブ有馬離宮金泉なのか銀泉なのか、箱根離宮と宮ノ下は取り合えず漱石の三四郎、それから、門にあやかってクラベールブログ3部作と自分で名乗っておこう。(笑)となると後期三部作も作らなくてはと思うのです。

エクシブ湯河原離宮が一番輝くのは夕暮れ時のまったく山里を感じさせる事のない車寄せなのかもしれないと思うのです。

湯河原不動滝の場所はこちら
小説の著作権70年が経過したため携帯からも無料で読む事が出来ます
夏目漱石明暗はこちら

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