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2022.03.29

【施設】サンクチュアリコート琵琶湖

サンクチュアリーコート琵琶湖視察旅 朽木へ向かう

この朽木という地はとにかく奥深い場所になる。
曹洞宗の開祖道元は宋から帰国し、この地を訪れた際にこの土地が宇治にある興聖寺とよく似ているという事で、この地の有力者であった朽木氏にこの寺を造らせた。というのが始まりらしいが、クラベールが遠方から来た事と歴史好きという事を知ると、奥様は、住職を呼んでくるから待っていてくれ。と言われたのだが、なんだか申し訳ないし、いつもの事だが時間がまったくない。という事で丁重にお断りした。
この興聖寺を中心に12代将軍足利義晴、13代将軍義輝がこの朽木に滞在していた16年間、およそ1万人ほどの家来がこの土地に館を造り住んでいたという事だが、この山寺には元首相である細川護熙さんの写真もいくつか飾られていた。

住職の奥様の話によると、代々、足利家の家来として仕えてきた細川家がこの土地から各地に飛躍していった土地となるために、細川家発祥の地という事で代々細川家の当主はこの寺を訪ねるらしい。将来細川家から首相が出るぞ。と家来である細川藤孝に言ってみたが、なんの事かはわからなかったようだ。

この寺には、相次ぐ反乱により京都を追われた足利義晴、足利義輝の両将軍の悲しみを慰めるために京極家、浅井家、朝倉家の協力で造られた旧秀隣寺庭園(足利庭園)と言う庭が現存している。室町幕府も12代、13代の頃にはすでに京都にすらいなかった。という事は幕府と言っても有名無実化していたのかもしれません。
丁度、クラベールが訪れた時には、これからこの庭の修繕がなされるという事でしたが、500年前の庭が現存しているという事にも驚きましたが、庭の荒れ果てた様にも少し驚いた。おそらく高島市がするべき事はホテル誘致ではなく、この庭をいかに保存していくかという事ではないだろうか。と思うのはクラベールだけだろうか。いつもこういう余計な事をついつい書いてしまう。

この地で室町幕府再興の足掛かりを築くぞ。と心に決めた足利クラベールに細川藤孝からの報告が入るのです。

公方様、信長が、琵琶湖湖畔に伊太利人の技術を用いたベネチア風の邸宅を築いているという事です。

琵琶湖湖畔と言えば、ここから大型バスなら30分で信長の兵が来れる距離ではないか。西洋被れの信長めー。許さん!

次回は足利クラベール、家臣、細川藤孝と共に信長のベネチア風邸宅の偵察に行く。になります。


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